田村はまだか
8月の福生店のおすすめ
朝倉 かすみ/光文社/1,575円/9784334925987
福生店 文芸担当 早川雪絵
去年、シアタークリエの杮落とし「恐れを知らぬ川上音二郎一座」の芝居を観に行った。脚本が三谷幸喜、個性的な出演者たち。面白くないわけがなく、爆笑して帰ってきた。
あまりに面白かったので本物の「音二郎」に興味がわいた。舞台では海外公演を中心に展開していたので、実際どうだったのかしりたくなったのだ。パンフレットの隣に「マダム貞奴」が発売していたのでさっそく購入して読んだ。
実際の話の書籍を読むと、次はどうなるのだろう?と、推理小説よりのめりこんでしまうことがある。書籍になるくらいだから波乱万丈だし。そして人生の終わりの章などはいたたまれなくなったりする。実在の人物だと重みを感じてしまう。あぁこの人はもうこの世にいないのだなぁと。
内容は音二郎の妻「貞奴」の視点で描かれていたので、時代や女性としても、どう生きていったのか、とても考えさせられてしまう。なんとも実行力、行動力のある一座である。
こんな先人たちを知らなかったなんて、もったいない!と思った。
レズリ・ダウナー/集英社/2,625円/9784087734584
三軒茶屋店 河又美予
平穏に、ただただ平穏に暮らすことをモットーに、生きてきたはずだった。厳しいはずの学生時代も、できるだけ目立たず普通に過ごし、その名も「佐藤鈴子」。ただ、不器用だったために、ある事件をきっかけにして家族に宣言することになる。
『百万円貯まったら出ていきます!!』と。
百万円貯まるごとに知らない街に行き、知らない人と出会い、人の身勝手さ、温かさにふれる。自分の弱さをかみしめ、少し強くなり、時には現実に涙しながらも、それでもただ平穏に暮らすために、次の場所を目指す。どちらかといえばおとなしい、受身で生きてきた鈴子が、旅に出て、人との距離や自分の気持ちを見つめなおす過程が、なんともいじらしい。離れていてもお互いの存在を心強く思う、鈴子と弟の関係も、よい。
しかしつくづく思った。流行かなんだか知らないが、自分探しなんて、意味がない。どうやったって、自分からは逃げられないのだから。
タナダユキ/幻冬舎/1,470円/9784344015111
別府店 文芸担当 祐保 博美
サッカーで気になる試合があると、新聞、雑誌、テレビやネットと、その記事をできる限りすべて確認する。
大体が同じ内容、語り口。しかし、そのうち、「宇都宮徹壱」という名前が目に入るようになる。宇都宮氏の記事・写真は、サッカーの試合のむこうに、開催された国の文化的、社会的な側面までを伝えてくれる。その国に息づくサッカーが、豊かに表現されるのである。
「サッカーはやっぱり海外だよね」「日本代表は好きだけど、Jリーグには興味がないの」「ワールドカップの時だけファンなの」などと、そのような言葉を聞くことがよくある。確かにそういう楽しみもある。けれど、サッカーの楽しみなんて、そんな大きなものじゃなくていい。ちょっと目をやれば、仕事帰りにサッカーをする人がいる。空いたグラウンドと、ボールがあれば成立するコミュニケーション。日本、それも地方で、地域の活性化のためにJを目指してクラブをつくる人々。自分の街を誇りたい、子どもたちに未来をつくりたい、と、クラブのために全力を尽くし、手弁当で始め、会社を興す人々。そんな人々が、Jリーグからみると4番目の「地域リーグ」にはたくさんいる。
その土地特有の、地域性・県民性から、サッカーがどう浸透し、発展していくか。地域と中央との格差が一段と顕著になったと言われる時代を通して、「わが町のクラブ」が、それこそ文字通り「命がけで」Jを目指す姿をこの本で宇都宮氏は描き出す。チームごとに事情は違えど、サッカーを愛する気持ちは、クラブ関係者も選手もサポーターも同じ。常に光の当たるJではなく、影になりがちな地域リーグにこそ、サッカーの面白さは一番あらわれるのではないか。
宇都宮氏の筆力は、故・米原万里も絶賛したほど。サッカーに興味がなくとも、ぜひ手にとって読んでいただきたい。ドキュメンタリー番組12本分のドラマが詰まっている。地域から中央への下剋上の物語をこれから紡いでいくのは、仕事帰りにフットサルをする同僚、休日に草サッカーをする後輩、そしてサッカーボールを大事に抱えて走っていく子どもたちである。
宇都宮徹壱/東邦出版/1,500円/9784809406959
別府店 祐保博美
普段、なんとなく迷ったり考えたりすることだけれど、いざ改まって誰かに相談したり、検索サイトで相談するほどでもない。そんな仕事をしていく上での疑問、なんとなく思ったいろんなことに、片っぱしから答えてくれるこの本。簡単に言ってみれば、ビジネス版「生協の白石さん」ともとらえることができるほど、見ているだけでニヤニヤしてしまう疑問が並ぶ。
『仕事中に眠くなって困る』、『タイピンをダサイといわれた。フィリピンならいいというのか』、『上司のマンションより高いマンションを買うのはご法度ですか?』、『社長が女子ソフトボール部を持ちたいという。なんとかあきらめさせたい』・・・・、といった、実際のビジネス書にはまず掲載されない疑問ばかり。かと思えば、『賃借対照表が読めない』、『自己客観化ができないといわれた』、『残業削減、一方で納期厳守』などといった、切実な疑問もある。部課長ともなれば、立場上言い出せない疑問もあるだろう、と、作者が仕事上で感じた気持ちを示し、解決法を提案しつつ、時には「しっかりしてください」と叱る。どんな疑問に対しても、その答えには、ユーモアとともに鋭い知性が光り、笑いながら読んでいるのに自然と姿勢が正されていく部分もある。
仕事を円滑に進めるためには、無駄と思われる部分こそが一番大事なのではないか、と思わせる。効率化ももちろん大事だろうけどね。
清水佑三/講談社/1,470円/9784062145473
別府店 祐保博美
3月の、ある日。地図を片手に八戸ノ里駅に降りたつ。大阪とはいえ奈良寄りなので、閑静な住宅街。雨に降られ、傘をさしながら、町並みを楽しみ歩いていく。
角をまがると、鮮やかな黄色の菜の花がとびこんできて、そのすがすがしい香りに胸が躍る。そうして辿り着いたところが、「司馬遼太郎記念館」。生前のままに保存された書斎、庭。そして安藤忠雄による小さめながらもすばらしい設計の記念館を、司馬作品への思い出をたどりながら、丹念に見学する。そして、ふと目をむけた壁面には、その文章すべてが掲載された額縁が、かかっていた。
「21世紀に生きる君たちへ」と、司馬さんはわれわれに語りかける。自分には未来がないが、君たちには輝かしい未来がある。そして、自然をおろそかにしてきた人間が、いかに共生すべきかを説き、そして自己の確立の重要さを語る。いままで何度も読んで、本で所有していたにもかかわらず、その記念館で司馬さんとむきあう形で、静かに、ゆっくりと読むことで、ひとつひとつの言葉が胸に染み込む。
たすけあうという気持ち、やさしさ、他人の痛みを感じること。これらは本能ではない。訓練をしてこそ、身につくものである。たとえば、友達が転んだとき、痛かっただろうなぁ、と思う気持ちを、そのつど自分の中でつくりあげていきさえすればよいのだ。この感情を自己に根付かせてほしい、と。
気づけば、恥ずかしながら、記念館の中でハンカチでは間に合わないぐらい号泣してしまっていて、そのこみあげてくる気持ちと向き合うためにかなりの時間を要したほどであった。司馬史観への批判は数あれど、あんなに魅力的にキャラクターや時代を描く作家はほかにはいない。歴史が自分に語りかけてくるという感覚を教えてくれ、時代の流れの一部分として自分がいるのだという考えをもつきっかけを与えてくれた司馬遼太郎という偉大な存在。すべての作品のすばらしさが、この「21世紀に生きる君たちへ」に凝縮されています。ぜひ落ち着いた場所で、時間をかけて読んでください。
司馬遼太郎/朝日出版社/892円/9784255990521
別府店 祐保博美
あの『チーム・バチスタ』と舞台は同じ桜宮市の東城大学。おなじみのアクティヴ・フェーズとネガティヴ・フェーズがまた登場。そしてラストのインタビュー場面が山になる展開まで同じで、もしかしてこの作品は、作者自身による自作のパロディ?
主人公の曾根崎薫、14歳の中学二年生には、忍という双子の兄弟がいるのだが、両親の離婚で生き別れになっている、という伏線で物語は始まり、どうしてもケストナーの『ふたりのロッテ』を連想してしまい、一体いつ忍くんが登場し薫くんと入れ替わるのかと思いながら読んだのに、遂に登場せず。あとになって版元さんから続編が出ると聞きやっと納得。(よく読んだら、作者後書きにもまだまだ続くとありました)
医学専門月刊誌で連載されていたが、児童向けYAシリーズで発売された。が、講談社のYAシリーズよりも版型も大きく値段も千円を越えていて、なおかつ当店では文芸書と児童書の境の場所に並んでいる。青い鳥文庫の隣に並べられたら!版型が大きくて無理なのだ。夢水清志郎や都会トムのファンあたりに気づいてもらえれば、もっと小中学生に売れるだろうに、と思っていたら、はやみねかおるフリークの我家の小学生が「おもしろ~い!」と満面の笑みを浮かべながら読み始めた。やっぱり…!
海堂 尊/理論社/1,365円/9784652086209
池袋本店 山井洋子
ずいぶん久しぶりに東京へ行き、毎回思うことであるが人の多さに現実味を感じない。乗車率120%の電車で見知らぬ他人に囲まれて、息もできないほど苦しいという実感があるのに、どこかですべてが幻のようにも思えたりする。そんなことを考えているのは自分だけだろうかと、周りの人々を見回し、それぞれの人生や思考に思いを馳せ、想像してみる。どんな仕事をしてどんな暮らしをし、どんな目標を持ってどんなことを考えているのだろうか。なにがその人たちを、「その人」たらしめているのか。急ぐ人の流れにできるだけ沿いながら、そんなことばかり考えていた。
直木賞も受賞し、いま一番著名で注目されている作家の作品であり、本屋大賞ノミネート作品でもあるこの作品。千里眼である万葉、その娘とその孫の物語という紹介が一番わかりやすいのかもしれない。しかし私は、ある一家の、三代にわたる女性を描くことで、地方が包括する経済的、社会的な闇の側面を描き出したことに驚いた。あらゆる時代の象徴ともいえる背景を、その時代に生きながらも地方で生き続けることで恩恵よりも悪い影響を色濃く受ける地方という特色。中央よりも、景気に左右されすぎる地方。地域全体に漂う独特の閉塞感と密閉された人間関係。一度は都会に出て、夢破れて帰ってくる人、帰ってこない人、そしてずっと地方で暮らし続ける人。自分自身の選択、環境により否応なくもたらされた変化。ただの超能力やミステリーではなく、いまでは形骸化した「家」という単位に集う血縁・非血縁者がおりなす物語である。
どの時代においても、人に共通する変わらないものとは何か。地方で生きるからこそ考えるようになったこととは何か。いろんな視点で考える機会を与えてくれる作品でした。
桜庭一樹/東京創元社/1,785円/9784488023935
別府店 祐保博美
イタリアのワーキング・プアーな若者たちを描いたインターネット小説。タイトルの『ワーキング・プー』は、プータローとプアーを掛けているんだろうか。原題は『Generazione Mille Euro』で、千ユーロ世代=月収約十七万円世代の意味である。
しかし、ワーキング・プアーと言うと、アルバイトで生活費をやりくりするフリーターかと思いきや、主人公のクラウディオは立派なビジネスマンだ。ミラノの有名大学を卒業した27歳で、国際的な大手企業のマーケティング部に勤め、上司に代わって海外に出張して自社製品のプレゼンを成功させ、それでも非正社員なのである。正社員になる機会を狙ってはいるが、出張の成功後もその願いは砕け散る。「活躍は賞賛に値する」と成果は誉められながらも、契約に関しては「変化か継続」のどちらかだと告げられる。「変化」とは正社員かもしれないし、雇い止めかもしれない。彼は半年の短期雇用契約なのだ。望まない不安定な雇用を強いられ低収入の彼らには、貯蓄もないし将来への展望も描けない。
会社は、より安い人材求めていて、なおかつ、人材を育てる余力はない。もうまるで日本と同じである。そして、非正社員を不当に低く評価する。彼らに能力があっても、正社員にしてしまえば人件費がかさむから、まるで能力などないように扱われる。バルセロナには最初から出張しなかったかのように、目先の仕事に専念してくれ、とクラウディオのイギリス人の上司は言う。
イタリアには、日本では医大生がしているインターンの制度が普通の企業でもあり、それがまた若い労働力の使い捨てになっているという。派遣や個人事業主契約なども含め、労働市場の柔軟性と言う名の下に、企業に都合の良い、望まない雇用を強いられている人々がいる。
アントニオ・インコルバイア/アレッサンドロ・リマッサ/世界文化社/1,575円/ 9784418075133
池袋本店 山井洋子
「ある人が、何かを本気でやりたいと思った時、その人以外の誰も、それを制止できる完璧に正当な理由など持ち得ない。そんなの、ありえない。」「穏やかな日常に幸せを感じるのと同じ強さで今、いなくなりたい。」
フラフラと、友達に会いにいくと、お土産に梨とケチャップと、この本を渡された。その時はまだ、自分の中でこんなに大きな存在になる本だとは全く予想していなかったのだけれど、自分の人生を変えるほどの出会いなんて(それは、人であったり、本であったり、言葉であったりするのだけれど)、ふとしたきっかけで巡り合うものでもあるのかな、と改めて思うタイミングでもあった。
読めば読むほど、自分の日記なんじゃないかと思うぐらい、感じることや思うことが重なる。さらに読めば読むほど、才能の豊かさ、表現力や行動力、自分との向き合い方に驚く。言葉や文章が、自分の中に染み込み、反響し、何かを形作っているのをひしひしと感じる。もし彼女と直接出会えていたならば、朝までいろんなことを話し続けるような、友達になれたのに、と思う。日常のささいなこと、未来への形のない不安。家族のことや恋愛のこと、経済から平和、教育に関することまで、彼女の思うこと、考えることが詰まったこの本を読むことで、彼女と会話をしているようで。読み終わった今では、ただ。彼女が、いないことが、こんなにも苦しく、切ない。
「次の場所にいかないといけないのだろう。ずっとは居ない、と思いながら居るのは、違うだろう。」「見返りを求めるでもなく、自分が成長するためでもなく、ただなにかをしてあげたい。人を愛するための基本だ」「恋人の前で、泣くことと歌うことと、謝ることを恥ずかしがらない、というのは私のちっぽけにして最大の哲学だ」
「知らなかった、私を取り囲む景色の外側にも世界のあることを。見るべきもの、行くべき場所が限りなくあることも。」
ずっと読んでいたいのに、読み終わる瞬間はどの本にもあって。それは当り前のことなのに、彼女の考えや紡ぐ言葉にずっとふれていたかった。あまりに単純な日常に、そうだな、としみじみしたり。悔しいこと、怒ること。面白いことに笑ったり、はからずも「死」について述べるところで涙がとまらなくなったり。出会うすべての人に読んでほしくなるぐらいの、こんな本との出会いがあるから。本を好きでよかったと思い、本屋が好きでよかった、と思う。
「前向きにならずには、強くもなれない。」
小山田咲子/海鳥社/1,680円/ 9784874156490
別府店 祐保博美

ただ犯罪を解決するだけ、謎を解くだけ、という本では満足できなくなってきたころ、宮部みゆき作品と出会った。その作品のすべてに共通するのは、普通の人間の姿をできるだけ描こうとする姿勢であり、個々の感情や行動に至るまでの心情であり。時代小説からSFまで、すべてにおいて流れる「宮部みゆきらしさ」を、愛してやまないのである。
あの名作「模倣犯」の続編がこの「楽園」である。しかし、単なる話の続き、というわけではない。大きな事件が立て続けに起こるわけでもない。思わず力がはいるような、緊迫した場面、というわけでもない。
では、この本で感じたことは何かといわれると。
普段、なんの変哲もない平穏な人生を歩んでいても、否応なしに、何かの事件に遭遇し、被害者になったり、加害者になったりする。そして、直接的に被害者や加害者にならずとも、大きな事件であればあるほど、巻き込まれる人はたくさんうまれ、少なからず影響を受け、その後の人生を左右されてしまう。
ただ運が悪かった、仕方なかった、というだけではやりきれない思いと、葛藤。事件に左右されまいと思えば思うほど、事件の記憶から逃れられないと感じ、苦しむ。そして、それはどんなにつらくとも、自分自身でしか乗り越えられない壁であり、障害なのである。
そこから、どう立ち直るか。自分を見つめなおすか。
人を信じられなくなり、人が怖いと思うようになる時もある。けれど、人が温かい、と思うときもあり、誰かに会いたい、と思うときもある。受けた傷は、何かで埋めようとするのではなく。じっと抱えたまま、傷を自分の一部として生きてこそ、人の痛みがわかり、やさしさの意味を知るのかもしれませんね。
宮部 みゆき/文藝春秋/各1,700円/ 9784163262406/9784163263601
別府店 祐保博美
前後の会話の脈絡はまったく記憶にないのだが、なにかの話の時に、会社の先輩のクチから「それはほら、『求めない』の気持ちじゃないと」という発言がでたことだけが、強く印象に残り。
その言葉を思い出しながら、どんな本だろう、と、この本を手に取る。
全体的に、自分にも他人にも、そしていかなる物事にも「求めない」ことで、あたらしい発見があると、説かれている。求めないことで、冷静になり、心が広がり、視点が変わる。求めないことで、笑顔になり、心が晴れる。求めないことで、比べなくなり、いま持っているものの大切さに気づくことができる。
人間は、そもそも何かを求めて生きているからこそ、人間である。けれど、そんな流れの中で、自分の心身を見失いがちなときにこそ、「求めない」という視点は大切で、内面を見つめなおすことができるのである。
発売当時から今まで、何かを考えて迷った時には、つい「求めない・・」とつぶやいてしまうようになったほどの本です。タオの加島さんらしく、あなたを思想の迷いの森から導いてくれるでしょう。求めないことで、何かが変わります。
加島祥造/小学館/1365円/409387722X/978-4093877220
別府店 祐保博美
知識というものは、イヤミにひけらかすのは知性的とは言わず、会話の中にさりげなく織り込まれてこそ、人間の魅力となるのではないだろうか。自分の知らない事を知っている、それだけで魅力は増し、会話もはずむ。ただのウンチクに終わらず、深い研鑽に根ざしたものであるならば、それはなおさらである。
そう考えたときに、荒俣宏氏以上の人がいるだろうか。
大著「世界大博物図鑑」」を編纂し、博物学、植物学の権威。かつ、「帝都物語」のような小説を書き、神秘や妖怪にも詳しい。ケルト神話や幻想文学の翻訳もし、英語もペラペラ。食玩を製作したと思えば、ハリーポッターの舞台となったスコットランドを旅する番組に出、トリビアはもちろんジャポニカロゴス、最近は朝ズバにも出演。某SNSのコミュニティでも人気である。
荒俣氏がいればウィキペディアいらず、百科事典いらずではないかと思って日々過ごしていたところ、入荷してきた本の中で目にした瞬間にときめいたのがこの「アラマタ大辞典」である。
荒俣氏が気になるキーワードを、すべてフリガナと図解・イラスト入りで紹介。書籍で一冊かかって説明するような気になる事柄を、荒俣氏がわかりやすく説明してくれちゃってるもんだから、これ一冊で何冊分だろう、うふふ、と得した気分にも。素数ゼミの謎をといた後には、サッカーではなぜ点がとりにくいかを知り、「だらしない」と「くだらない」の語源を知る。読み物として充分楽しめるし、ちょっとした待ち時間に読むのにぴったり。これなら、荒俣入門としても最適。なにしろ、「アラマタ・ヒロシ」から始まるんです。さすがです。
荒俣宏/講談社/¥2,310/9784062140522
別府店 祐保 博美
本当なら、自分の胸のうちをさらけ出してしまうようなので、あまり紹介したくないのだけど、何分想いに溢れた小説なのでついつい紹介してしまうのです(こじゃれたデザイン本を…、なんて思っていたのですが)。
細かいあらすじなどは省いて、とにかく「書ききった」と感じられるようなバイブレーションが小説の根底を流れていて、家族に対する深い愛情があり、その深さが背中を後押ししてしまった瞬間に、この話は傑作になるのも同然だったのでしょう。小細工抜きで、こうした想いを提示してしまうのは、すれすれのところだなぁと思いながら読みました。
ちなみに著者は遅筆で知られている(みたい)ですが、その訳が分かるような気がしました。軽いエッセイだけど中身は重い、こうした重さを背負っているとそうそう早くは書けないものです。
私事でも小説の舞台の半分になっている福岡には縁が深いのですが、福岡のオイさんやオカンを思い出しながら読みました。本当にこんな人たちです、というかこんな人しかいない土地でした。
こちらもおすすめ「直球勝負」の本
「センチメンタルな旅・冬の旅」 荒木経惟 新潮社 3150円
「たまもの」 神蔵美子 筑摩書房 2940円
「おでんくん」 リリー・フランキー 小学館 1470円
(リリー・フランキー/扶桑社/税込1,575円)【ISBN】4594049664
広島店 辻山良雄
『取り替え子』『憂い顔の童子』に続く「古義人」3部作の完結篇。今回はエリオット、ドストエフスキー、ベケットらの文章を重ねながら、ビル爆破テロの計画とその〈失敗〉を描く。
「核」の作家・大江健三郎が、「テロ」を書く。作品の中で「テロ」は、国家が所有する巨大暴力(=核兵器)に対抗する「個」の暴力装置と説明される。基本的に「非暴力の側に立ちたい」と願ってきた小説家「古義人」は、同時に、核廃絶について希望が持てないでいる。その「古義人」が、テロ計画に「ユマニスト」として参画する。その流れとこころの動きにはスリルがある。つまりこれは、小説ではあるが、核廃絶-世界平和の実現に絶望した大江健三郎が、「大勝負」に出ようとする友人に同調して、ビル爆破テロに加担するという物語なのだ。穏やかではない。
〈失敗〉の後、「古義人」は、壊滅へ向かう世界の、微細な前兆を集めて〈徴候〉として記録する作業に取り組む。この終章が何より感動的だ。ここでまた大江健三郎は、「新しい人」に望みを繋ぎ、同時に、自身のラストワークに向けた覚悟を新たにしている。「もう時間はない」という焦りがまた、迫り来て、全身に響く。
(大江健三郎/講談社/税込2,100円)【ISBN】4062131129
生きるためには、何かしら食べなければならないのであり、生存に関わるその食べるという行為をおろそかにしない事が、生物としてのヒトのまっとうな生き方だと思う事が良くある。武田百合子さんはそうした意味で、食べる事をおろそかにした事がない人だと思う。
夫・泰淳氏との富士山麓の別荘での生活を綴った「富士日記」(中央公論社)、そこに描かれるのは事件よりもまず「その日、何を食べたか」であり、何気ないその毎日の献立の繰り返しがその山小屋で流れる時間を読者の中に実体験として流れ込ませる事の出来る、稀有な日記でもあった。
その食べる事への愛情の結果、この「ことばの食卓」が綴られた。食べ物が呼び起こした記憶を辿って行き、それにまつわるエピソードと、即物的な食べるという行為とが絶妙にスケッチされており、それ以上のものまで高められている。透明な文体と観察力を兼ね備えた人だったので、静かに流れる短編映画という印象だが、その読後感の気持ち良さは何とも言えず、毎日の生活に流れている底力みたいなものを感じさせる。
(武田百合子/中央公論社/税込1,529円)【ISBN】4124032587
生活の偉人たち
「檀流クッキング」 檀一雄著 中央公論社刊 700円
「巴里の空の下 オムレツのにおいは流れる」 石井好子著 暮しの手帖社刊 1,050円
「珠玉」 開高健著 文藝春秋社刊 420円
広島店 辻山良雄
「親愛なる陛下,殿下ヘ」で始まるこの本は,皇族の「おことば」を年代順に紹介しながら,そのひとつひとつに小説家・島田雅彦がコメントを付したものである。
島田雅彦は,近代文学が書こうとしなかった最後の聖域である「皇族の心中」にまで筆を伸ばして,天皇や皇族を「僕たちと同じ人間」として見ようとする。左翼の天皇論に欠けていた視点を補いながら,天皇を崇拝の対象にしたり神格化したりする発想をあらためて遠ざけている。
読み進むに連れてはっきりと浮かび上がってくるのは,島田雅彦が,現在の明仁天皇をひじょうに高く評価していること。例えば「歴代の天皇に比べても,能力,人格で勝負しようとされている稀有な天皇」「祈りの敬虔さによって人々の感動を誘う」「護憲,反戦の徹底ぶりにおいて,明仁天皇と大江健三郎の間には大いなる共通点がある」などと書いている。
さらに島田雅彦は,天皇も「僕たちと同じ人間」なのだから,人権を認める方向に進めるのが自然だと主張している。憲法改正も含めて,皇室のあり方をめぐる議論は昨今再び盛り上がっているが,これもまたひとつの重要な視点となるだろう。
(島田雅彦 編著/新潮社/税込1470円)【ISBN】4103622075
渋谷店 野上由人
人が成長していく過程で、他人とのコミュニケーションの中から社会生活を学んでいく事の大切さや、社会生活を快適に、良いポジションで送るためのスキルを身に付けていく重要性を説かれる事は多い。対極に引きこもりや様々な事件がある事を考えればそれはあってしかるべきな事なのだろうが、一方で“独り”という場所でしか身に付かないものが隅に置かれてしまっているのが、残念でならない。
この本はアメリカの詩人、メイ・サートンがたった一人でニューイングランドの自然の中で自分の内面を見つめながら、新しい出発を決意しようとする一年間の日記である。時折友人が訪ねて来たりするが、基本的に一人で居るので植物などを育てたり、書物などを読みながら自分の中で煩悶を繰り返しているのだが、それが自身の詩作における豊かな泉となって実を結んでいる。サートンはある程度の社会的な地位も得て、この生活に入った。その一人で居る時間と空間の事が「ようやく手に入れた」と表現されるのは見逃してはいけない事だ。
自分に深く埋没した経験のある人の持つ深みというものが、話しているふとした最中に感じられる人がいて、非常に魅力的に見える事がある。日本の詩人の茨木のり子さんも「人間は誰でも心の底にしいんと静かな湖を持つべきなのだ」と言っている。他の人の事にやっきになっているように見える現代人には、あまりに遠くなってしまった湖である。
(メイ・サートン著/武田尚子訳/みすず書房/税込2940円)
「独りの空間」類書
・ 「おんなのことば」 茨木のり子著
童話屋刊 1312円
・ 「海からの贈物」 アン・モロウ・リンドバーグ著
新潮社刊 420円
・ 「森の生活」 ヘンリ・デビッド・ソロー著
宝島社刊 1050円
広島店 辻山良雄
頑固な靴職人栄吉(70歳)と、母の死を理解できない弟をいたわる、泣けない少年隼人(12歳)との交流を描く、心温まる作品です。独りでいることの潔さと、いたわり合うことの大切さが伝わってきます。いたわり合うこととは甘え合うことではなく、希い合うことなのだと思いました。一年かけて少しずつ売れているロングセラー本です。2005年の中学入試で多くの学校に採用されましたが、それも、この心に染み入る交流を思春期の子供たちに知って欲しいという先生たちの気持ちの現われではないでしょうか。
(桂望実/小学館/1,365円(税込))【ISBN】4093861331
港北店 佐々木 麻美
誰かを好きだということは、その人になりたい、少しでも近づきたいと思うことだ、と思う。その想いはときに、不可能をも可能にする強い力になる。
ロシアの怠けものの名前をちょうだいした犬、オブローモフ。その名のとおり、どこか怠惰で野暮ったい彼は、ともに生活するバレエダンサー、ヌレエフが好きで、その優雅さを尊敬している。その気持ちはある日、オブローモフに奇跡を起こす。それは静かなようで、とてつもなく大きな奇跡。何が起こったかは、読んでみて下さい。
大好きな人、憧れの人、尊敬する人に、この本を贈りたい。オブローモフがヌレエフからもらったように、私もあなたから「強い力」をもらっているんだ。
(エルケ・ハイデンライヒ/三修社/1,260円(税込))【ISBN】4384040679
東池袋店 佐藤 裕香
“本当の話”という邦題をつければ良いのか、「そんな事って本当にあるの?(上手くできた
小説みたいな話だね)」というような事実の話を集めた、語り口極上のエッセイ。話自体の面白さもさる事ながら、オースターのユーモアがあってシャープなストーリーテリングが単なる事実を事実以上の物語に昇華させているというところがミソである。
偶然、という言葉をオースターは良く使うが、考えてみれば普段我々が当たり前のものとして受け取っている現実と呼ばれている確固たる世界も、様々な偶然が折り重なって構成されている危うい“世界”であり、もしあの時ああしていなければ今頃は違う人生を歩んでいるかもしれない、という後戻りのない偶然の産物である。オースターは小説家だから、こうした現実の危うさの先に虚構の可能性を見出して、自分流の存在論みたいなものを世界の中に投げかけている様に読めてしまうのだ。
ただ、この作品は生身の人の存在の重さをレトリックでかわそうとするような甘いものではない。最後に収められた「地下鉄」という短編は、9.11から1ヵ月経ったニューヨークの地下鉄の中のスケッチだが、このスケッチに描かれるニューヨーカーからは本当にその人の存在そのものが物質としてあるように思えて、それは小説家のオースターがそうした現実の重さを引きうける覚悟を持って、書く仕事に取り組んでいる事を物語っている。
(ポール・オースター/新潮社/2,100円(税込))【ISBN】4105217089
広島店 辻山良雄